人々の視線が、漆塗りに金細工をあしらった屋台の樋(とい)に注がれる。三味線と鼓の音がゆったりと流れる中、童子が現れ、しずしずと先端へと進む。そして聯台(れんだい)の上に置いてある鈴と扇子を両手に持ち、面箱のふたを開け、かがんで中をのぞき込む。伏せた顔をおもむろに上げると、童子の顔にはいつの間にか翁の面がつけられている。人々の驚きの声が響く中、翁に変身した童子が謡曲「浦島」に合わせて仕舞を演じる様には、操り人形とは思えない、とても細かな所作が連続する。
春の高山祭、日枝(ひえい)神社の「山王祭」で奉納される三番叟(さんばそう)のからくり。舞台となる四角い樋の長さは約九尺。その中には複雑に絡み合った何本もの糸が通り、屋台の中に隠れる綱方たちが手分けして遠隔操作する。春と秋を含めた高山祭には計四台のからくりが登場し、綱方たちは代々先輩の町衆から技を受け継ぎ、厳しい練習を繰り返し、息を合わせ、年に一度の晴れ舞台に挑む。匠の結晶ともいえる屋台やからくりの複雑で精巧な仕組みとそれを彩る小道具や衣装、そしてお囃子。高山祭はいくつもの美が一糸乱れぬ連携で繰り広げる総合芸術とも言える。
高山祭だけでなく、高山には金蔵獅子(きんぞうじし)や闘鶏楽に代表される伝統的な祭礼が数多く残り、町の数だけ様式があるといっても過言ではない。また、歴史ある神社仏閣、町家、自然の景観なども数多く残されている。それらを一目見ようと遠くから訪れるのは、形や様式の素晴らしさだけではなく、何百年という歳月を経た、本物だけが紡(つむ)ぐ芳醇な時間に触れたいと思うからだがいつの世も「美」は時代や国境を越え、人々に感動を呼び起こす。
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春の高山祭でからくりを奉納する三番叟
The Sambaso Float's Karakuri Marionette Performance in the Takayama Spring Festival
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