張りつめた空気が漂う水無(みなし)神社の境内に足を踏み入れると樹齢八〇〇年の杉 や、五〇〇年の桂の巨木の間に小さな神馬舎(しんめしゃ)が目に入る。中を覗くと白と黒の二頭の神馬像が安置されており、気品漂うリアリティーな白馬(祈晴の神馬)に対し、様相は稚拙なのに得も言われぬオーラを発するのが黒の神馬だ。名前は「祈雨の黒駒(別名/稲喰の神馬)」と呼ばれ、作者は謎の左甚五郎
といわれている。
左甚五郎が生み出す写実的な彫刻には実存や架空を含め動物がモチーフにされたものがとても多いが、そのいずれもが夜な夜な本物に変身し、野を荒らすなど の悪行を働くというのだ。この「黒駒」も秋の刈り入れ時に、稲を食い荒らす悪行を繰返したため、名工によって目をくり抜かれてしまったというが、彫り物を用いて善と悪を説くのは当時の道徳教育の一つだったのかも知れない。
「祈雨の黒駒」は飛騨で修行を重ねた頃の甚五郎十三歳の作だが、この馬には隠れた細工が施されている。四本の脚と胴体は複雑なほぞがパズルで組まれており、体のどこかにある隠しほぞを抜くと簡単に解体されるというのだが、甚五郎でなければ解体は無理だと伝承されている。それが真実なのかどうか、夜な夜な悪行を働いて確かめてみたくなるのは私だけではあるまい。
写真右○一之宮町/水無神社、神馬舎の黒駒
(right) Kurokoma (wood carving of black horse) in Shinmesha
in Minashi Jinja Shrine, Ichinomiya-machi
写真左○一之宮町/水無神社の狛犬
(left) Stone Guardian Dog in Minashi Jinja Shrine, Ichinomiya-
machi
< 水との交わり[国府地域] | |風土と人トップ| | 水の記憶[上宝・奥飛騨温泉郷地域] > |