「あの実は何ですか?」と都会の人に訊ねられ、即座に「胡桃(くるみ)」と答えたが、くすんだ黄緑色の外皮で包まれたものが「胡桃」だとはその人は想像しがたいよ
うだった。
コンビニやスーパーがなかった昔、子どものたまり場は駄菓子屋と決まっていたが、人工甘味料の味は思い出せなくても『ぐみ』や『岩梨』、そして『蛇苺』の酸い味をなぜか憶えていて、栃の実を穫り、釘で中身を掘り出して笛を作ったり、胡桃のシブで手を真っ黒にしながら、実をほおばったことが昨日のように鮮明に思い出される。
胡桃のシブは曲者で、爪の中や指にこびりつくと石鹸ではなかなか落ちず、飛び散ったシブでずいぶんと服を駄目にし、親にこっぴどく叱られた。それからというものは外皮ごと地中に埋め、腐り落ちるのを待ち、殻になってから掘り出した。こうしてシブからは解放されたが、今度は新しい問題が起きた。それは埋めたことを忘れてしまうことだった。
一万三千年前の縄文人の暮しを今、想像することは難しいが、考えてみればほんの前まで子どもは山で遊び、木の実を摘み、石で殻を潰していた。子どもたちは誰に教わるともなく、縄文的生き方をやっていたのだから、今、思えば実に凄いことなのだ。
写真右○久々野町久々野/堂之上遺跡の縄文式土器
(right) Jomon Earthenware Excavated at Donosora Ruins,
Kuguno-cho Kuguno
写真左○久々野町渚/飛騨川
(left) Hidagawa River, Kuguno-cho Nagisa
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